巨人の肩への乗り方(パンタグラフ)(型技術、2020)

巨人の肩への乗り方

九州工業大学 楢原弘之

 出張で飛行機をよく使う。私の使う国内線にエアバスA350が導入された。全座席に個別スクリーンが搭載され、自分で好きな映像を選べるようになっていた。いつもの好奇心が沸き起こり、どんな機能があるのかいろいろといじっていると、「尾翼カメラ」というものを見つけた。ボタンを押すと、主翼を含む前方景色が画面に映し出された。ちょうど尾翼の端から機体を見下ろす位置に設置されたカメラ映像なのだが、離着陸する景色だけでなく、パイロットがフラップ(高揚力装置)を操作する様子などが手に取るようにわかるのである。

 私は数え切れないほど飛行機に乗っているが、一度もこの角度からの映像を見たことがなかったので、思わず感動の声を上げてしまった。そしてこんな視点があったのかと、何だか世界が広がったと感じた。まるで自分が神様にでもなったような気がしたのである。エアバスさんありがとう、と本当に思った。

 少し画面を眺めているうちに、これって車のドライブレコーダーと同じじゃないの、私のためのサービスではなく、万が一事故が起きた時の記録用に付けているのではと、はしゃぎ過ぎた気がしてきた。

 これまで見えなかったものが見えるという点では、別のことを思い出した。電子顕微鏡を使って肉眼では見えないμmサイズの観察を自分たちで行った時の体験である。実際にやってみると、観察などはほんの一瞬。それよりも材料表面をよく磨くだの、前準備にかなりの神経を使って多くの時間を割く必要があると教えられた。さらに、これで良いだろうと適当なところで済ませて、いざ観察に移っても、どこに見たいものがあるのか見当もつかない有様。もっと専門的な知識を蓄えないと、まるで砂浜に落ちた米粒を探すようで、見たいものも永遠に見つからないのでは、と不安になった。電子顕微鏡を甘く見ていた。

「巨人の肩の上に立つ」という言葉がある。ソフトウェア業界の人が、この言葉を好んで使うように見受けられる。これは、ニュートンら天才の成し遂げた輝かしい成果を利用して、そこから新しいことを積み上げるという意味である。自分で一から何かをつくり上げるよりもずっと簡単に、素晴らしいことができるはず。でも巨人の肩に乗るためには、実は、はしごの準備が必要だったりする。小さな巨人には小さなはしご、大きな巨人には大きなはしごが必要なのだ。

あれこれ思いを巡らせているうちに、どこかで似たことがあったような…と、ふと思った。

 そうそう、最近はやりの人工知能プログラムである。人工知能プログラムは何でもできそうな印象があるが、膨大な量のデータを用意し学習させる必要がある。もっともらしい回答が得られても、人間が正しいかどうか知っている内容でないと信頼することもできない。もしかして、人工知能プログラムを尾翼カメラと同じようにみなしていないだろうか? 実は入念な準備が前もって必要な技術なのに、簡単な作業で新しい視野が得られると、過大な期待をしてはいないだろうか?

「進撃の巨人」という漫画が一時若者の間で流行していたが、これは人喰い巨人に人類が対抗するという物語であった。どんな巨人に乗ろうとしているのか、巨人の肩に乗る前に、時間を食われてしまわないよう、ご注意を!

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