カツ丼とAI(パンタグラフ)(型技術、2018)

 カツ丼とAI

九州工業大学 楢原弘之

 私の通っている大学キャンパス近くに、「一喜うどん」という名前のうどん屋があった。あったと書くのは、もう今はその店が無いからだ。その店のカツ丼定食は、思いのほか美味しかったので、私は良くカツ丼定食を注文していた。大学に来客があれば、その店に連れて行ってはカツ丼を薦めていた。ところが、その店はカツ丼を同時に3人以上で頼むと、とたんに味が落ちてしまうのだった。そんな事があるので、良く笑い話のネタにしていた。10年以上も前の話である。
 ところがある日突然、その店が閉店してしまった。そこのカツ丼は、もう二度と食べる事ができなくなってしまった。一喜うどんを知らない人に話しても、もはや、そこのカツ丼の味はツチノコと同じ。もう幻のカツ丼の味でしかない。自分は食べ物には頓着しない性格だと思っていたが、いざ無くなってしまうと、もう一度、味わいたくなるのも人情である。出張先でカツ丼を見つけると、無条件にカツ丼を注文する習慣が始まってしまった。あのカツ丼と無意識に比較している自分の姿があった。
 さて出張では良く福岡空港に立ち寄るのだが、今、大規模な改築が始まっている。新しくなりつつある福岡空港には、以前よりもずっと多くの飲食店ができた。そのためか、単なる移動目的の人達以上に、人が集まるようになった気がする。2F出発ロビー近くには、かなり大規模な飲食コーナーが新たにできていた。
 何気なく眺めていると、カツ丼屋があるではないか。それではと、普通のカツ丼を注文してみた。一口味わってみれば、まさか、あの探し求めたカツ丼の味!思わず熱い思いが込み上げる。今までのもやもやした気持ちから解放され、ようやく巡り会えた…。

 ところで最近、AI将棋やAI囲碁、AI搭載家電など、何かとAIという言葉を耳にする。AI体験と称して、CDを付録に付ける技術系雑誌も出てきた。そこで私も早速購入し、動かしてみる。
 必要なソフトとデータをダウンロードする指示があり、面倒な手順はプログラムが用意されていて、ボタンを順次押すだけで作業が進むようになっていた。プログラム経験がある人達のために、プログラムを改造できるような工夫もされていた。
 時々つまずきながらも学習用の画像を学習させて、画像識別プログラムが動き、それなりの結果が出てきて感心した。処理プログラムを組み合わせながらデータを加工していく様子は、試作品のものづくり作業と、まさに同じ感覚である。どんなソフトウェア部品が公開されていて、それらをどう繋ぎ合わせて完成させるか、そんな能力がとても重要な時代になってきているように思う。
 私の10年超しで巡り合えたカツ丼屋探しをすぐに叶えるような、カツ丼の検索システムなど、果たしてAIで作れるものだろうか。学習させる情報はどうしようか。全部のお店に食べに行く事になるのだろうか、何か矛盾しているな。そんな事を考えていた。
 見つけたお店は「井手カツ丼」。3人以上で注文しても、味は落ちないようである。

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